2012年3月31日土曜日

携帯電話はお守りである2

子どもに携帯電話を持たせて安全かどうか。事件に巻き込まれて、たとえば拉致されてその携帯で脅迫されるのは、たいへんいやなものである。だいたい「たすけてー」などと実況中継されても何も解決しないし、そういう道具として使われるなど犯人の思うつぼである。安全のために携帯を持つのではなく、それとは別に自ら安全を保てるような教育である。危ないところには行かないのが一番。周知のことであるが、地震や災害など緊急事態の時は、中継局の混線でまったく役に立たないだろう。電気を使って電波を飛ばすような端末は、もしもの時、幾つもある手段の中の一つぐらいの認識で良いのではないだろうか。

2012年3月30日金曜日

携帯電話はお守りである

携帯電話はお守りである。神社で授かってくる分身。受験、安産、勝負などに際して、日本人はよくお守りを頼りにする。神通力のより所、身代わり、お守りは色々な使い道があるだろうが、意識をそこにそらすことによって安心感を得ることができる。携帯電話を肌身離さずもち、情報と常に繋がっている安心感を得るというところで、これはお守りなのであろう。携帯電話は便利な実用的道具というより、安心感を所有する役割の方が大きい。しかし、残念なことにほとんど安心感は得られない。

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